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区報特集「災害時にまず困るのは、トイレかも。」
令和7年9月1日号めぐろ区報では、「災害時にまず困るのは、トイレかも。」をテーマに、災害時のトイレ事情に焦点を当てた特集記事を掲載しました。(めぐろ区報特集:だから「災害時のトイレ」に備える)
特集に際し、令和6年度の防災講演会でもご講演いただいた、加藤 篤 様(日本トイレ研究所 代表理事)に、災害時に困るトイレについてお話を伺いました。
紙面の都合上、めぐろ区報に掲載しきれなかった、災害時のトイレの備えに関する考え方・必要性・リスクなどのお話については、こちらのウェブページに掲載していますので、ご一読いただいてご自宅での備えに役立ていただけますと幸いです。
プロフィール
まちづくりのシンクタンクを経て、現在、特定非営利活動法人日本トイレ研究所代表理事。
子どものトイレ・衛生教育をはじめ、災害時のトイレ対策の推進など、「トイレ」を通して社会をより良い方向に変えて行くことをコンセプトに、幅広く活動しています。
氏名
加藤 篤
所属
特定非営利活動法人 日本トイレ研究所(代表理事)
災害時に困るトイレについて
災害用トイレの備えがないと生活はどうなりますか?
本日来ている区の職員の方に伺いましたが、4人家族で70回、一人暮らしで15回、一つしかもっていない方もいるとのことで。そういう様々な方がいる中で、「トイレを備えよう」と思ってもらえることが大事です。まずは、大きな災害が起きると水洗トイレが使えなくなることを区民に伝えることが大切だと思います。
水・食料の備蓄や、停電・断水というのはすごくイメージがつきやすいのですが、トイレが使えなくなることは想像しづらいです。
私たちが使っている水洗トイレというのは、電気がないと動かない可能性が高いです。水を送るにも、運ぶにも、処理するにも。つまり、給水・排水・電気というそれぞれの設備が機能していないと、水洗トイレは使えなくなってしまう。
これをまず知っておく必要がある。水を備える、食料を備えるに加えて、災害時は「出す方」の水洗トイレが使えなくなってしまうことへの備えがないと生活が成り立たないのです。
在宅避難するために、耐震化や家具の固定などをやっていたとしてもトイレがなければ、その場で生活することが成り立たちません。トイレがないと自宅にいられなくなってしまいます。建物が大丈夫であっても、そこで生活できないのですから、これは残念なことです。この意識はあまり浸透していない状況ですね。
トイレが使えないと何が起きますか?
排泄は待ったなしです。そして、止めてはいけないんです。ですから、自宅のトイレが水洗トイレの機能を失ったとしても、どこかで私たちは排泄しなければいけない。
一方で、これまでの災害では、避難所のトイレは大便で満杯になり、公衆トイレや公園のトイレはものすごく不衛生になったことが多くあります。
また、自宅では、無理に流してしまうことで排水管が詰まったり、様々な問題が起き始めます。
そうなると、3つ深刻な問題が起きるんですね。
災害時のトイレ問題が引き起こす3つの深刻なリスク
1.感染症のリスクが高まる
一人暮らしなら別ですが、トイレというのは基本的にはシェアしますよね。家族、それから避難所であれば不特定多数の人と。公衆トイレはみんなで使うものですよね。
不特定多数が共有するトイレが不衛生になると、病原菌やウイルスなどを媒介してしまう可能性があります。
2.災害関連死につながる
排泄はデリケートで、人それぞれトイレに求める安心は異なります。
例えば、潔癖症であるとか、真夜中の真っ暗な中で公園のトイレに行くのは怖いとか、炎天下の中で長蛇の列に並べないとか、お年寄りでしゃがめないなど。
一つでも「嫌だな」と思うと、できるだけトイレに行かなくて済むように水を飲むことを控え始めてしまう。それが引き金となって、脱水、そこからエコノミークラス症候群や、誤嚥性肺炎にかかり、災害関連死につながってしまう。
3.集団生活の秩序が乱れる
集団生活をする上で、トイレ環境を乱してしまうと秩序が乱れると言われています。不衛生なトイレだと、イライラしたりするし、我慢しないといけなかったりもします。
また、トイレが汚いと、清潔に保とうとする意識が薄らいでいきますよね。「トイレがこんなに汚いなら、ゴミを捨てていいや」など。みんなで綺麗にしようという意識が無くなっていく。
さらに、トイレは排泄の場である一方、唯一ひとりになれる場所でもあるので、一人になれる時間も空間も壊してしまうと、やはり心も乱れていくと思います。
この3つはいずれも、人権、尊厳や命に関わることなんです。
トイレは小さな空間かもしれませんが、「災害時の備えがないことで大きな問題を引き起こしてしまう」というのが、これまでの経験から分かっています。阪神淡路大震災以降の30年間、大きな災害が起きるたびにこのトイレ問題を繰り返しています。
行政はもちろんですが、一人ひとりが備えないと、とても間に合わないし対応できないと考えています。
自分の生活空間を守るため、ご自身や家族の健康を守るために備えてください。もちろん公衆衛生を守るためというのもありますが、まずは自分を守るために備えてほしいです。
集合住宅におけるトイレ問題の特徴はありますか?
集合住宅と戸建てで最も違うところは、集合住宅は他の世帯と繋がっているというところです。
集合住宅は、生活空間はそれぞれが区切られて、プライバシーが守られている構造になっていますが、排水管という見えないところは繋がっているんです。ここがポイントです。
つまり、「自分だけなら良いか」と思ってやったことが、他の人・世帯に影響を及ぼす可能性があります。
また、排水管というのは入居者全体のものだと思うんです。そこを詰まらせてしまうと、全体に悪影響が及んでしまう。そうならないためにも、入居者全体で考える必要があります。
どう困るかというと、詰まらせてしまえば、断水が解消したのに使えない。また、詰まっているのに無理に流してしまうと、溢れたり漏水したりすることも考えられます。そうなると、先ほど話した3つのリスクに繋がっていきます。
自分自身、それから家族の健康を守るということ、それから、もし建物が大丈夫であれば、在宅避難を成り立たせるために、トイレの備えがいるということなんです。
具体的な備えと心構えを教えてください
まずは、携帯トイレの備蓄
これは初動対応です。排泄したくなるタイミングは分からないし、早いです。
過去の調査では、3時間以内に約4割の人がトイレに行きたくなったという結果もあります。ですから、水や食料よりも先にトイレ対応が必要なんですね。
便器に取り付けて使う袋式のトイレを携帯トイレと言いますが、それが最低限必要なんです。携帯トイレがあれば、建物内のトイレが使えますよね。
いつもしたことがない特殊な方法で対応しようと考える人がいます。穴を掘るとか、外に何かを作るとか。ですが、精神的にストレスがかかっている大混乱の中、特殊なことをするのはさらなるストレスにつながります。
しかも排泄はデリケートで強く習慣化されているので、いつもと違う方法でやるというのは、思ってる以上に難しいです。例えば、和式トイレを使ったことがなければ、子供は極限まで我慢すると思います。
「毎回外のトイレに行ってしてください」と言われたらどうですかね。悪天候であればかなり辛いのではないでしょうか。
安心してできる環境じゃないと、行きたくないと感じ、そして水を飲まなくなってくるんです。
安心してできる環境を整えることが「備え」
自宅のトイレであれば知ってる人しか使いません。鍵がかかってプライバシーも守られています。思いっきり座っても便器がひっくり返ることはないです。
さらにトイレというのは、汚した時に掃除しやすい材質でできています。
トイレを自分で作るというのは、ものすごく難しいんですよ。
まずはいつも使っている建物のトイレを有効活用する。水が流せなかったり、照明が点かないという違いはありますが、携帯トイレを取り付けて、うまく使いこなすための準備をするわけです。
スピード対応ができる携帯トイレが効果的です。実際に震災などで携帯トイレをうまく使いこなしている人たちはいます。
次に、目黒区が設置しているマンホールトイレ
ずっと携帯トイレだけというわけにはいかないので、目黒区はマンホールトイレを設置していますよね。
それが機能すれば、例えば、昼間はマンホールトイレを使うということも考えられます。もしかしたら外部支援で仮設トイレが来るかもしれない。そういう場合はそれも活用する。
お伝えしたいのは、時間経過とともに選択肢を増やしていくという考え方が必要で、どれか一つに依存するとうまくいかないということです。仮設トイレはすぐに来ないかもしれない。マンホールトイレは下水道などの下部構造が壊れるかもしれない。それは災害が起きてみないと分からない。
選択肢を増やしていくという考え方が必要です。
携帯トイレだけで対応しようとすると、ゴミの問題が発生するし、仮設トイレはすぐに汲み取りが来るかどうかは分からない。
繰り返しになりますが、災害用トイレの選択肢を増やすことが重要です。言い方を変えると、大小便というリスクを分散させる、という考え方が必要ということです。
災害用トイレと一緒に備えるもの
衣服の脱ぎ着などを片手でするのは容易でないので、両手がフリーになるような照明があると便利です。手指の衛生を保てるウェットティッシュ、アルコール消毒や、トイレットペーパーなどがあるといいですね。
大事なのはどういうものがあったら安心できるか、ということを友人や家族と話し合うことです。
押し付けや強制はよくありません。アレルギーのある食材を「頑張って食べましょう」とは言わないですよね。同じようなことで、和式トイレを使ったこともない子どもたちに「和式トイレ頑張れ」と言っても、頭ではわかったとしても、頑張れない。足腰悪い人に「頑張ってしゃがみましょう」って言っても、頑張れない。
その人にとって何が安心できるのか、話し合うことが大事です。そういう機会を作れると、家族の備えが進むし、避難所や地域の備えが進むので。目黒区としても、こういう話し合える機会を作っていくと良いですね。
この人にはこれが平気でも、あの人には平気ではないということはあります。今日来ている目黒区の職員の方たちだってそれぞれ違うと思いますし、私とも異なると思います。
「こうあるべきだ」と、押し付けてはいけない。
「健康や衛生を守るためには、みんなでこういうことをしなきいといけない」という最低限の考え方は共有した上で、一人ひとりの意見、声を聞くことが大事です。そのためには、一度家庭のトイレに携帯トイレを取り付けてみる。避難所や区の庁舎、病院、事業所も、訓練で一度取り付けてみて話し合うことができると、効果的ですね。
災害時に大事なものは?
コミュニティの重要性
災害対応はコミュニティなんです。一家族とか一個人で頑張れるかって言われると、難しいですよね。みんなで力を合わせて乗り越えないと、とても対応しきれない。炊き出しも、みんなで持ち寄って作るから成立します。
集合住宅に住んでいる場合、そこに助け合えるコミュニティができている状態なのか否かというのは、本当に大きな差ですよね。
東京はどちらかというと、隣人や地域の人と関わりをもちたくないという人が多いと思います。現代の東京のような大都市で大規模の災害が世界的にも起きてないじゃないですか。過去の災害で、助け合わずに乗り越えた事例はないと思います。
そもそも人口密集地域はパニックのリスクも高まると考えます。そこも含めて助け合って、混乱を収めないといけない。農山村地域だって、物資やエネルギーが来なくなったりして孤立すると、被害を大きくしますよね。
阪神・淡路大震災のときも、行政、自衛隊や消防がかけつけるよりも、隣の人が助けたという数の方が圧倒的に多いです。
トイレも一緒で、仮設トイレは外から持ってくるもの。いつ来るか、誰にも分かりません。被害の状況や、需要と供給のバランスにもよります。目黒区が助けに来れるかなんて、分からないですよ。だから、自分自身で備えておかないといけないんです。
携帯トイレがもしも足りなかったら、隣人や地域で助け合うことが必要です。地域避難所の備蓄はすぐに不足すると思いますし、外部支援は時間を要します。職もトイレもコミュニティがないと、相当辛いと思います。団体や企業も含めた連携が必要です。
東京という特殊な地域での防災は容易ではないですけれど、それを乗り越えていくコミュニティづくりがこれから求められます。
おわりに、防災課より
災害時に備えて、食料・飲料水については備蓄をしている方が増えてきている印象を持っています。
しかし、トイレの備蓄については、「平時に使うものではないし…」「いくつ必要なのかわからないし…」など、様々な理由で、後回しになっていたり、準備ができていない方も多いのではないでしょうか?
しかし、災害時であっても絶対に我慢できないのがトイレです。
加藤さんのお話にありましたが、「発災後、3時間以内に約4割の人がトイレに行きたくなった」という調査結果もあり、もしかすると地震のすぐ後にトイレに行きたくなる可能性も十分に考えられます。
この機会に、ご家族・ご友人と災害時でも安心できるトイレ環境について話し合っていただいたり、携帯トイレを実際に購入し、使用してみたりするなど、災害時のトイレについて考えてみませんか?
今回のトイレ特集が、区民の皆様のご自宅の備えの再確認と、備えに役立てていただける機会になりましたら幸いです。
話のポイント
- 水・食料の備蓄をしていても、トイレの備蓄をしていないと在宅避難が成り立たない
- トイレが使用できないと3つの深刻なリスクにつながる
- 感染症のリスクが高まる
- 災害関連死につながる
- 集団生活の秩序が乱れる
- 集合住宅では入居者全体で対策を考えることが重要
- 安心してトイレを使用できる環境を整えることが「備え」になる
- 地域コミュニティの意識が希薄になっている東京においてもコミュニティが重要
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