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SDGsポスター物語「ようこそ目黒区へー最終回一」
この物語は、目黒区にタイムスリップしてきた歴史上の偉人とのやりとりの中で、SDGs達成の大切さに気付く、そんな物語です。
物語はフィクションです。
時は21世紀、ところは目黒。
目黒区の魅力やSDGsの取り組みを伝えることをミッションに、目黒を駆け巡る広報課Aさん。
どうやって伝えるか悩み続けるAさんの前に現れたのは、なんと時空を越えタイムスリップしてきた源義経と弁慶だった(「ようこそ目黒区へーその壱 源義経・弁慶編」参照)。
秋の目黒の風物詩「目黒区民まつり」では古典落語「目黒のさんま」のモデルともいわれる徳川家光(「ようこそ目黒区へーその弐 徳川家光編」参照)、大学受験には学問の神様とよばれる菅原道真(「ようこそ目黒区へーその参 菅原道真編」参照)、夜桜舞う目黒川のほとりに紫式部(「ようこそ目黒区へーその四 紫式部編」参照)、目黒清掃工場には平賀源内(「ようこそ目黒区へーその五 平賀源内編」参照)、再び巡った秋の「目黒リバーサイドフェスティバル」には渋沢栄一(「ようこそ目黒区へーその六 渋沢栄一編」参照)も登場!
今、明らかになる一連の偉人召喚事件の真相。SDGsポスター物語「ようこそ目黒区へー最終回」はじまり、はじまりー!
大鳥神社へ初詣
正月の大鳥神社は初詣の参拝者でにぎわっていた。「目黒のお酉(とり)さん」と呼ばれ親しまれている目黒区最古の神社である。さい銭箱まで続く参道の行列には広報課Aさんの姿もあった。
「今日は初詣の付き添いありがとうございます」
声をかけられたのは源義経と武蔵坊弁慶。彼らが目黒区にやってきて2年近くの月日が経とうとしていた。
「思い起こせばA殿と初めて会ったのも、この大鳥神社であったな」
義経は昔を懐かしむように目を細めた。
「二人ともすっかり現代の生活に慣れましたね」
「拙者はさまざまな職を体験でき、充実の毎日でござった」
弁慶は力こぶを作りながら白い歯を見せて笑った。
ようやくさい銭箱の前までたどり着き、かしわ手を打ったその瞬間、周囲から音が消えた。
いや、音だけではない。広報課Aさん一行を除き、あれだけいた参拝者が誰一人として残っていない。
「いったい何が起きたんでしょうか?私たち以外の人はどこへ?」
「これは面妖な、あやかしの類か?」
周囲を警戒する3人の前に、突如として大柄な人影が出現した。
その刹那、弁慶は二人をかばうように立ちふさがり、義経は手頃な木の枝を拾って八相に構えた。とっさの判断力と防衛本能はさすが戦乱の世に生きる者、現代の暮らしが長くとも、衰えてはいない。
偉人召喚事件の真相とは?
殺気立つ緊張感が頂点に達しようとした時、その空気を打ち破ったのは相手の方だった。
「待て!待て!我に殺気が無いのは気づいておろう?義経に弁慶」
威厳のある低くよく通る声だ。
「確かに殺気は無いが、その腰にはいた剣から、ただならぬ力を感じる。それに我らの名も知っているとなれば、ますます警戒を解く訳にはゆかぬ」
「ほう、この草薙剣(くさなぎのつるぎ)の気を察するとはさすがだな。今風に言えばレプリカだが、なかなかの出来栄えらしい」
「草薙剣の持ち主ということは!もしかして日本武尊(やまとたけるのみこと)では?」
弁慶の後ろからことの成り行きを見守っていた広報課Aさんが尋ねた。
「いかにも我こそはヤマトタケル。お主らと話がしたくて、ちと特殊な結界の中に招き入れた。突然の非礼はわびよう」
「日本武尊といえば、ここ大鳥神社の御祭神でもありますしね。神様の力なら、この不思議な空間も納得というか、とにかくすごいことが起きているのはわかります」
「わしら武士にとっては弓矢八幡(まん)の方が馴染み深いが、もちろん日本武尊の名は知っておる」
義経はいまだに半信半疑の様子で日本武尊を名乗る男を値踏みしている。
「弓矢八幡、またの名を誉田別命(ほんだわけのみこと)か。それは我の孫だな」
「な、んと。八幡大菩薩に祖父君が。それは考えたこともなかった」
「いや、こんな話をしたかった訳ではない。そもそもそなたら過去の偉人と称される者共をこの地に呼び寄せたのは我なのだ」
あまりに自然に告白された一連の偉人召喚事件の真相に、一同理解が追いつかずあぜんとするばかり。
「ええと、つまり義経さん、弁慶さんだけでなく、その後の家光さんや道真さんたちも全てってことでしょうか?」
状況を整理しながら、たどたどしく言葉を紡ぐ広報課Aさん。
「うむ、きっかけはお主の願いであった。この目黒区の未来を考え、多くの住人に愛される土地にしたいという純粋な想いに共感したのだ」
「そういえば、めぐろ区報の特集記事に悩んでいた時に神頼みをしたような……」
「持続可能な社会の実現にも取り組んでおるとのことだったのでな。ならば長い歴史を紡いできた我が国の者ならば、時代ごとに違う価値観や視点を用い、新たな知見を授けてくれる可能性もあるのではないかと、この地に呼び寄せてみたのだ」
「なんだか途方もないお話ですが、確かにこれまでお会いした偉人の方々は、現代では当たり前になっていることに驚いたり、逆に失われてしまった価値観を嘆いたり、その都度深く考えさせられることばかりでした」
「ならば我のもくろみどおりといったところであるな。我がこの地を見守り続けて二千年近くになるが、街や人の様子は大きく変われど、営みの本質というものは、今も昔もそれほど変わらぬものだ」
「確かに、平和な世を祝い、おいしいものを食し、野山を駆ける。現代でもやっておることは変わらんな」
義経は大きくうなずき豪快に笑った。
「すっかり現代を満喫しておるようで何よりだ。ところで、そろそろお主らを元の時代へ帰そうと思う」
「元の時代へ帰す?いやいや、急に何を言うかと思えば冗談であろう。わしらはこの時代に骨を埋める覚悟であるぞ」
「そこまで気に入ってくれたところ申し訳ないが、冗談では無いのだ。そろそろ術の効果も切れかかっており、このまま放置すれば、お主らの肉体は自然消滅してしまうであろう」
「勝手に呼びつけて、期限が来たから帰れとは、随分都合の良い話ではないか。まったく納得できぬ」
「でも、このままだと義経さんたちは消滅してしまうみたいですよ」
広報課Aさんも義経の説得を試みる。
「ぐぬぬ、ではあと少し猶予をもらえぬか?帰る前にどうしても行っておきたい場所がある」
「良かろう、では呼び寄せてしまった他の者たちも一同に集めて、一斉に帰還させることとしよう。期限はあと三月。それでどうじゃ?」
「それだけもらえれば十分じゃ!では桜の季節にまた会おうぞ」
「拙者も当然、九郎殿にお供いたす!」
「少し寂しいですけど、皆さんの帰還をお見送りさせてください。他の偉人さんたちにも声をかけておきますね」
「よし!では残り少ない現代の生活を存分に楽しむがよい」
その瞬間、日本武尊の姿は消え、辺りは元の喧騒を取り戻した。
「なんだか夢を見ていたみたいですね」
「それならわしらは、この2年間ずっと夢の中のようなものだ」
義経たちは顔を見合わせて笑った。
偉人たちの帰還
やがて桜の蕾もほころび始め、偉人たちがそれぞれの時代へと帰還する日がやってきた。目黒区長をはじめとした区の職員や、偉人たちと関わりの深い区民の方々など、偉人たちを見送るために集まった人々で目黒区総合庁舎の前は大にぎわい。
「義経殿と弁慶殿はまだ戻っておらんのか?」
不安げな表情の徳川家光が広報課Aさんに尋ねた。偉人たちは帰還に際して元の時代の装束を身にまとっており、家光も久しぶりに紋付はかま姿である。
「送別会の日時と会場は二人のスマホに連絡済みなのですが、まだ返信はありません」
行きたい場所があると旅立ったまま二人はいまだ戻ってきていない。
「まさか帰るのが嫌で逃亡したのでは?」
「でも現代に残っても近いうちに肉体は消滅してしまうんですよ」
「元の時代に戻っても、実の兄と争い、命を落とす運命じゃからな。帰りたくないのも無理はない」
「二人にとってはどちらが幸せなんでしょうね」
「二人のことはわからぬが、余はもう少しこの時代に残り、海洋学の研究を進めたかったな。皆の尽力で入学させてもらった大学を卒業できずに去るのは心残りじゃ」
「偉人の皆さんもすっかり現代になじんでそれぞれの分野で活躍されていたから、心残りのあるかたも多いかもしれませんね」
「まろは存分にこの時代を堪能したので、心置きなく旅立てそうじゃ」
二人の会話を横で聞いていた菅原道真が口を挟んだ。
「道真さんは投資家としてご活躍でしたけど、蓄えた資産はどうされたんですか?」
「うむ、元の時代へ持って行けるものでは無いのでな、そのほとんどを平賀源内殿の計画へ投資させてもらった」
それを聞いた平賀源内も会話の中へ割って入る。
「そのとおり!道真公の出資と、渋沢殿の尽力で平賀インダストリーって会社を立ち上げてな、新型エレキテルの量産と、宇宙開発の分野に進出する話もあって、おいらにとっちゃ心残りなんてもんじゃねえ。なんとかこっちに残れる手はねえかと、あれこれ悪あがきしてみたものの、あえなく時間切れってとこさ」
「源内さんみたいなイノベーター気質のかたにとって現代はとても魅力的だったんですね」
「世の中を変えて行こうとする源内さんの発想には思わず期待せずにはいられない魅力があるんですよ」
好々爺(や)然とした礼服姿の渋沢栄一がほほ笑みながらやってきた。
「渋沢さん!短い間でしたけど、偉人さんたちへのお力添えありがとうございました」
「いえいえ、私が生前関わった企業が今もなお社会のお役に立っていることを知り誇らしい気持ちになれました。心置きなく元の時代に帰れるというものです」
偉人たちは多少の心残りを抱きつつ、現代での生活に満足し、それぞれの時代へ戻る決心がついたようだ。あらためて顔ぶれを見渡すと一人浮かない顔の紫式部が端のほうで肩を落としている姿があった。
「紫式部さん。大丈夫ですか?」
心配そうに声をかける広報課Aさん
「うーん、元の時代に戻るのは仕方ないと諦めもついたのだけど、こっちの時代で手に入れた、このスマホだけは手放すのが惜しくて、ずっと心が晴れないのよ。こんな便利で面白いもの、元の時代でも使えたらって思うけど、平安時代には電気も電波もないし、何より自分一人が持っていてもつまらないのよね」
「確かに、紫式部さんのインスタが更新されなくなるのかと思うと寂しいですね」
「そうだ!わたしのスマホ、Aさんがもらってくれない?それなら諦めもつきそう」
「わかりました!もしかしたら、また来られるかも知れないですし、それまでお預かりしておきます!」
「そうね。また会う日まで預けとく!」
愛用のスマホを渡し、手を取り合って別れを惜しむ二人。
二人の姿を慈しむように眺めていたヤマトタケルが、意を決したように声を発した。
「そろそろ刻限だ。稀人(まれびと)たちよ帰還の準備はよいか?」
「あの!義経さんと弁慶さんがまだ戻っていません」
慌てて広報課Aさんが声を上げる。
「残念だが時間切れだ。ここにいる者だけでも元の時代へ帰そう」
「もう少しだけ待ってくれませんか?二人はきっと戻ってきます!」
「しかし、天候や太陽と月の位置など、あらゆる条件が整ったこの日を逃すと、しばらく先延ばしになってしまうのだ」
広報課Aさんをなんとか説得し、帰還の準備を始めたその時だった。
「おーい!待ってくれー」
その声の先には、目黒区役所への坂道を全力で駆け上がってくる二人の姿があった。
「義経さん!弁慶さん!」
広報課Aさんも安堵の表情で二人を迎え入れる。
「いったい今までどちらへ?」
「うむ、実はな。ウクライナへ義勇軍として参加していたのだ」
息を弾ませながら、義経が経緯を説明する。
「平和になった現代に来て、最初のうちこそ安穏とした暮らしを楽しんだが、世界に目を向けると、いまだ紛争の絶えない地域があることを知った。戦しか知らぬ我が身が何か役に立てぬものかと、ひそかに現代戦の軍事訓練を受けておったのだ。元の時代へ帰る前に現代の戦場を見ておきたくて時間をもらったという訳じゃ」
「そんなことを考えていたなんて全然知りませんでした。以前、めぐろ区報でもウクライナから避難してこられたかたにお話を聞いたことがありましたが、実際の戦場はどうでしたか?」
「わしらの時代とはまるで違っていた。個人の力ではどうすることもできず、己の無力さを痛感するばかりであった。最初は興味本位で現代の戦略や戦術を学びたいという動機からであったが、巻き込まれてしまった民間人が今も眠れぬ夜を過ごしている現状などを知り、浅はかなことを考えた己自身を殴りつけたい気持ちじゃ」
「この世界から全ての争いを無くす。というのは途方もない夢ではござるが、いつかこの先の未来で実現させてほしいものですな」
気落ちする義経を慰めるように弁慶が寄り添った。
「さて、無事に全員そろったところで、あらためて帰還の儀を執り行おう」
そう言うとヤマトタケルは恭しく祝詞を奏上し始めた。
すると偉人たちそれぞれの頭の上に光り輝く輪が出現し、それは少しずつ全身を覆うように足元まで降りてゆく。
「おっと、A殿。戻ってくるなりで悪いが、もうお別れのようじゃ」
覚悟を決めた義経はかぶとの緒を締め直した。
慌てて広報課Aさんが声をかける。
「皆さん、目黒区に来てくれて、そして気に入ってくれてありがとうございました!もっとたくさんお話聞きたかったです。もしまた会えたら……」
全て言い終わる前に、笑顔で手を振る偉人たちは瞬く間に光の中へ姿を消してしまった。
「なんだかあっけないお別れでしたね」
手元に残った紫式部のスマホをそっと抱きしめ広報課Aさんがつぶやいた。
「元の時代へ戻った稀人たちには現代の記憶は残らない。長い夢から覚めたように何事もなく元の生活に戻るであろう」
少し気まずそうにヤマトタケルが声をかけた。
「そっか、覚えていたら歴史が変わるかもですしね。その代わり私が覚えています。偉人さんたちと過ごした日々のこと全部」
「そうだな。それがよい」
ほほ笑む広報課Aさんの決意をヤマトタケルも称賛した。
エピローグ
総合庁舎前に平穏が訪れ、すべてが万事解決かに見えたその時だった。
先ほど偉人たちを送り返した際と同じようなまばゆい光が辺りを照らし、その光の中から着物姿の人影が現れた。
「え?これってまたヤマトタケルさんの仕業ですか?」
「い、いや、我は何もしておらぬが。もしや大量に時空を開いた揺り戻しが来たのかもしれん!」
珍しく慌てるヤマトタケル。光の中から現れた人物は辺りを不思議そうに見回し
「ここはどこじゃ?どうなっちゅうがじゃ」
時空を超えてやってきた偉人の扱いは慣れたもの、混乱する侍風の男性へすかさず声をかける広報課Aさん。
「ようこそ!目黒区へ」
登場人物紹介

広報課Aさん
目黒区役所の広報課で働く通称Aさん。
真面目で頑張り屋の彼女は、目黒区のPRのため北は駒場から南は大岡山まで東奔西走。
大鳥神社の神頼みによる不思議な力で、歴史上の偉人まで呼び寄せてしまう。

源義経
1159年生(26歳)京都出身。
鎌倉幕府初代将軍 源頼朝の弟で、幼名は牛若丸。
頼朝の平氏打倒の挙兵に応じ、数々の戦功を挙げる。
壇ノ浦の合戦の最中、不思議な力により現代の目黒区に出現。
中目黒夏まつりに飛び入り参加し、よさこいと阿波踊りを堪能。
戦争の無い現代の日本・目黒を大いに気に入り、Aさんの勧めで現代の目黒区で暮らすことに。

武蔵坊弁慶
1155年生(30歳)。
巨躯と怪力が自慢の僧兵。五条大橋で義経に敗れて以来、義経の忠臣として最後まで仕えたとされる。
主人の義経とともに現代の目黒区に出現。
自由奔放な義経に振り回されながらも、現代社会に馴染もうと奮闘中。

日本武尊古代日本の英雄。 |

徳川家光
1604年生(32歳)。
江戸幕府の第3代征夷大将軍。
武家諸法度の改定や参勤交代など一連の強権政策により、幕府の統治を盤石なものとした。
剣術や遠乗りなど武芸を好んだ。
遠乗りの帰りに立ち寄った目黒でさんまを食して以来その虜に。
落語「目黒のさんま」に出てくる殿様のモデルとも言われている。

菅原道真
845年生(57歳)。
学問で朝廷に仕える家系に生まれ、5歳にして和歌を、11歳で漢詩を詠む。
宇多天皇の絶大な信頼を得て、学者としては異例の右大臣となったが、いわれのない罪で大宰府へと左遷される。没後は長く学問の神様として信仰される。
現代の世では、その才を生かし、敏腕トレーダーとして飲食店まで経営!

平賀源内1728年生(49歳)。 |

渋沢栄一
1840年生(89歳)。
「日本資本主義の父」と称される実業家。
銀行を拠点に企業の創設・育成に力を入れて約500もの企業に関わったほか、約600の社会公共事業・教育機関の支援や民間外交に尽力。
公共の利益を追求することで、皆が幸せになり、ひいては国が豊かになると考え実践。
紫式部
970年から978年生まれ(正確な生まれた年は不明。35歳)。
宮中では藤式部(とうのしきぶ、ふじしきぶ)と呼ばれており、後に「紫式部」と呼ばれたとされるが、いずれも通称。本名は不明。
「源氏物語」の作者として知られ、「百人一首」にも和歌が収められている。
藤原道長に召し出され、道長の娘、一条天皇の中宮彰子に仕え、「源氏物語」を完成させたとされる。
- 企画・デザイン 目黒区広報課 大谷信広
- イラストレーション 亀川秀樹
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